

古い時代の佐土原は田島といい、鎌倉初期に源頼朝の命により工藤氏(後の伊東氏)が代官を派遣していました。代官は田島の館に住んだので田島氏と呼ばれるようになりました。
後に都於郡の伊東祐賀が田島の領主となったころに佐土原城は築城されたようです。中世の典型的な山城で自然の地形を利用した佐土原城は難攻不落の城であり、伊東氏の日向国48城支配の要の城として整備されていきました。
関ヶ原の戦いに敗れた佐土原はその後幕府直轄領となり、1603年に島津以久が佐土原藩の藩主に命ぜられ、代々支配を続けて明治を迎えることとなります。
この間、佐土原城は日向国の政治・文化の中心地として栄えたのです。
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