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| 亀の井ホテルは1994年、亀の井ホテルの経営譲渡により「ジョイフル」のグループ企業となりましたが、ジョイフルの社長時代に私は亀の井ホテルの運営には関わっていませんでした。後の2003年に私はジョイフルを離れてホテル経営に本格的に携わることになります。そして、人件費が安い時代の方法でホテル経営を続けていくのは厳しいと思い、私なりに考えを整理してみました。そこで導き出したのが別府亀の井ホテルの改革です。 |
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| 「別府の温泉を活かした近代的な湯治場」「親子3世代で気軽に使えるみなさんの別荘」という方向性で、一部バンケットも残しながら大半を宿泊部門に替え、飲食を併設した近代の湯治場的な別荘にすることにしました。それが現在の別府亀の井ホテルです。大型ホテルを作ることに当初周囲は反対しましたが、結果としては大成功を収めています。1号店以外は大浴場を作らず、風呂は各部屋に置き、団体客に対応できるレストラン、物販やマッサージなどのサービス提供をホテルの原型に考え、地下室も含めて全面的に建て替えを実施。お客様にも使いやすいセルフサービス型のバイキング形式も取り入れ、人件費を抑えるためのシステム化を追求した結果、ようやくホテルチェーンとしての将来像が見えてきました。 |
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ホテルはこれまで駅周辺に展開するのが主流でした。しかし、駅前や歓楽街だけがホテルの立地場所ではありません。そのような場所で競争するよりも、他社が手がけていない郊外はどうかと考えてロードサイドの宿泊と飲食複合施設スタイルのホテルを考案しました。幹線道沿いの立地で低コスト運営を追究すれば、他社と競合せずに新たな需要を見込めると判断したからです。また、ホテル単体の出店ではなく、飲食部門を併設するという相乗効果により、ビジネスのお客様やファミリー、団体のお客様に利用されています。
ホテルは儲からないという従来の常識を覆し、日本にはまだ数少ないロードサイド型ホテルという新しいスタイルが定着し、当社の主流となり大きな収益へとつながっています。今後は九州を含む西日本地区へ100店ほどの出店を計画しています。私の時代から次の世代へこの事業と継承していくためにも今後は人作りが重要課題です。前例にとらわれない発想で、今あるものを追いかえるのではなく、自分たちから仕掛けていく姿勢が大事であると思います。それが業界の流れだけでなく、お客様のニーズをつかみ、魅力ある事業へと展開していくからです。 |

当社は、より豊かな『旅』を創造し、「より多くの人々の豊かなくらしに貢献します」を全社員の働く喜びとして限りなく前進していく。現在は小さくても大分、九州そして日本全土あるいは世界に夢を膨らませながら一歩、一歩前進していくものである。歩みは決して速くないが確実な歩みである。急がば回れの教え通り、技術の構築こそお値打ちの創造が出来るものである。
技術とは、先人の知恵に学びながら実践し、技の集積をしたものと考える。それは決して三年や五年で達するものではなく、十年、二十年、三十年、いや、もっと永くかかって築くものである。亀の井ホテルはこの技術の構築によって、お客様に本当に行き届いた旅の楽しさを提供しつづけ追求して行く事を経営の目的として努力していくものである。 |
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